中標津町郷土館ブログ 学芸員日誌【書庫】
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2014年11月29日(土):一日曇り[中標津町郷土館]


一日曇りでした。
最低気温は上標津でのー0.3℃。最高気温は中標津での6.7℃で「11月中旬並」。


本日は、午前中から郷土館敷地内の器物破損の対応をしておりました。

さて、今回は郷土資料の中にある現存していない中標津開光寺の馬頭尊像の写真をご紹介します。

↓中標津開光寺の馬頭尊像
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昭和13年 中標津製酪工場が主体となり、多数の後援により馬頭尊像を建立
昭和48年 馬頭尊像を現在の大通り3丁目付近から現場所に移設
平成 6年 北海道東方沖地震により破損

現存していた往時の様子について、菅原真一氏著『道東学序説』に以下のように記載されています。
「中標津町曹洞宗武峰山開光寺には、怒号の高さ1.7メートル程の馬頭観音があるが、背面の上部に『牛馬守護神』とあり、右側面にかすかに、維持昭和十三年十月建立と読め、他に何やら刻字されているが、判読不明ナリ。左側側面に、『開光寺初世泰建代』とある。そして、背面の全面を、この碑の建立資金などに協力した者の名が、連ねられている。その名は判読可能な者もいるが、ほとんど風化したり、ヒビが入って表面剥離したり、あるいはコケ等によって被われて、全くわからぬ部分が多い。」

↓背面に記載されている寄進者の名前
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因みに、馬頭尊像の寄進者の名前を一名を除いて、著者菅原真一氏が記録しており、その名を見ると当時の標津村長や中標津郵便局長、料理屋「常盤」の亭主等がおり、中標津が発展していく時代の面影を感じます。

馬頭観音世は、大正から戦前にかけて作られたものがほとんどであり、馬産から酪農の時代に変わるに従い、「畜魂碑」「牛魂碑」に遷移し、近年、大理石製の「畜魂碑」に建て替えられる傾向にあり、数少ない馬頭観音世像の一つでした。

また、建立された年代は、日本が軍国主義化していく時代であり、馬が軍馬として使用されるようになり、感謝の意味だけでなく、地域住民へ馬産の強化を促す意味もあったのではないかとのことです。

ですから、開光寺の馬頭観音像は歴史的価値のある貴重なものでした。
現存していないのが本当に残念です・・・

本日のブログは、学芸員のMでした。


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by nakakyou_blog | 2014-11-29 17:11 | Comments(0)