中標津町郷土館ブログ 学芸員日誌【書庫】
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7月12日(土):分館2連発

朝方まで雨。
午前中も少々降ったが、次第に青空が広がった。
最低16.8℃、最高23.3℃。

今日は、朝一番から団体見学の対応が予定されていたため郷土館へ。
解説中、来館の目的が「農業関係の資料を中心としたの展示施設建設に向けての視察」ということが判明したので、急遽分館にもご案内。
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その少し後、(社)北海道建築士会中標津支部さんによる分館の調査の立会い。
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昭和3年に建設された郷土館の分館は構造が特殊であったため解体から逃れ、移築復元により現在に至っているわけだが、実は一番特徴のある隅合掌造りの屋根構造の図面がないことから、建造物関係ではいつもお世話になっている建築士会さんに支部事業として取り組んでいただいたのだ。

↓普段はここまでしか見ることができない。
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屋根構造の模型はあるものの、自分も屋根裏を見るのは初めてである。
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ウーム、写真、ムズカシイ・・・。

帰り際、ツバメの巣を見てくる。
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追加写真
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by nakakyou_blog | 2008-07-12 17:50 | Comments(10)
Commented by 殖民軌道つながりのK at 2008-07-12 18:52 x
[ルールどおり]
…後からの補足材は、赤塗りして、一目で判別できるようにしてますね。
もともとは合掌なのでしょうが、いわば「売り」の部分に、パイプで束を入れざるをえなかったのは、ちょっと悲しい。
あと、大量のボルト(とたぶん添え板)で補強してしてある、梁の継手ですけど、真上か真下から撮れると多少は継手の構造がわかりやすいと思います。
とくに、下から3枚目の写真をみると、継手にところに、栓が2本打ち込んであるように見えるのですが、はっきり見えないのが、ちょっともどかしい。
Commented by nakakyou_blog at 2008-07-12 21:10
残念ながらこの方面はよく分からないので、写真を追加しておきました。どうでしょうか。
Commented by 殖民軌道つながりのK at 2008-07-12 21:31 x
[ますますわかんなくなってきた…]
ボルトは赤く塗ってあるので、補足したものですよね。
継ぎ目の添え板も、写真では、どうも桁や梁とは材種がちがうみたいだし(後から補足したものなら、どこかに、書入れとか焼印があると思いますけど、写真からはわからない)…
かりに、ボルト、添え板ともに後から補足したもなだとすると、オリジナルは、腰掛鎌継ぎなのかなぁ。でも、それで、保つんだろうか?
このサイトのどこかに模型の写真がありましたよね。ちょっと、見てきますね。
Commented by nakakyou_blog at 2008-07-12 22:17
「百聞は一見にしかず」なので、次回来町時には是非あがってみませんか(笑)。
お付き合いしますよー。
そんなに汚れてもいなかったですし、梯子と照明を準備するだけですからね。
Commented by 殖民軌道つながりのK at 2008-07-13 02:15 x
[脚立は…]
もうちょっと高いのお願いしますね。そのときは。
いい気になってあがったはいいけど、降りるに降りられなくなりそうで…
猫じゃあるまいし、消防署にきてもらうのもなぁ…。

建築士会さんが作る図面みせてもらちゃった方が早いかもしれませんけど。当然、オリジナルな状態が再現されてるはずなので。
Commented by 殖民軌道つながりのK at 2008-07-13 03:10 x
[ここのサイトの…]
展示室の写真を見に行って納得。
木造で、あの柱無しの大空間を作るために、洋小屋にしたんですね。

補強の入れ方をみると、普通は天井裏の梁が屋根を支えてるのですが、ここは、逆に屋根が天井を吊り上げてるようにも見えるんですが、どうなんだろう。
機会があったら、建築士会の先生にうかがっといていただけませんか?

Commented by 殖民軌道つながりのK at 2008-07-14 03:01 x
[見ぃつけた!!]

http://nakaken08.exblog.jp/

他に、どこぞの「郷土資料館(元)半原小学校 木造校舎 建物調査」なんてページもありまして…
あの面白い梁の継手。定石だったのですね。
Commented by nakakyou_blog at 2008-07-14 17:41
>ここは、逆に屋根が天井を吊り上げてるようにも見えるんですが、
聞いてみると、「まさしくそのとおり」とのことです。
こんな様式は当時でも相当に異色だったみたいです。
Commented by 殖民軌道つながりのK at 2008-07-14 18:43 x
[なんとなく見えてきた]
赤塗りしてあるボルトなどと同じ鋼材なのに「かすがい」には色塗りしてないところをみると。
赤塗りは、後から補足した部材を示すのではなくて、移築修理の際に交換した部材であることを示してるんでしょうね、きっと。
Commented by nakakyou_blog at 2008-07-14 19:18
ナルホド、そういった線引きなのかもしれませんね。