中標津町郷土館ブログ 学芸員日誌【書庫】
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9月8日(土):マニアックなお話し

昨夜はずい分な降水量であったが朝までには上がってしまい、午前中は曇りで午後から晴れ。
気温は上昇して25.2℃と夏日になった。

今日の午前中は、文化会館の子ども向け事業「元気クラブ」にて殖民軌道の講義。
写真を見ながらのお話しと、この日のためにPCで設計したペーパークラフトである。

殖民軌道どころか、JR標津線がなくなってから生まれてきた参加者達。
接点が少ない上に非常にマニアックなお話しなので、興味を引くような構成を心がけたが、果たしてどう感じてくれただろうか。
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by nakakyou_blog | 2007-09-08 19:36 | 殖民軌道 | Comments(9)
Commented by きむらたかし@世田谷・東京 at 2007-09-08 20:23 x
最近、地元(東京・世田谷)の郷土研究を通じて知りあった方が、こんな本を書いています。

http://www.amazon.co.jp/o/ASIN/4811371321/503-9489123-0144725?SubscriptionId=0VGKXCVY10VEY93X6QG2

「殖民軌道でも同じようなことが起こると嬉しいなぁ。って思います。

そういえば、江別に「世田谷」って地名があるのを、つい数日前知りました、釧路近くにもあるとの噂もあり、是非一度訪ねてみたいと思います。
Commented by nakakyou_blog at 2007-09-08 21:41
ほほぉ~、ちょっと読んでみたいですね。
それと、江別の世田谷は聞いたことがありますが、釧路近くの「世田谷」は初耳です。
今度分かったら教えてくださいね。
Commented by きむらたかし@世田谷・東京 at 2007-09-09 20:54 x
北海道の「せたがや」を知ったきかっけは、ここ
http://blogs.yahoo.co.jp/touri7878/18309557.html
です。

北海道とまちがえる人がいてもおかしくありませんが、90年ほど前の、我が家から、ほんの600mほどの場所です。
いまや、写真に写っている範囲に、何百棟住宅が立ち並んでいるやら‥m
Commented by nakakyou_blog at 2007-09-09 22:31 x
リンク先見てきました。
90年前!?
600m!?
う~む、本当にビックリしました(*o*)
Commented by きむらたかし@世田谷・東京 at 2007-09-10 19:52 x
「我が家から600m」では、あまりに話題がローカルなので‥
あの「下北沢」から、東に向かって丘をのぼって700m位の場所です。
創立当時は、小田急線も京王井の頭線もありませんでした(現在の、京王井の頭線の池ノ上駅からは100m)。
この海外殖民学校の前をバスが通るようになったのも、創立から8年後の大正14年のことでした。
地元の人間にとってすら、想像も付かない時代です。
Commented by nakakyou_blog at 2007-09-10 20:48
>あまりに話題がローカルなので・・
確かに・・・(笑)

>創立から8年後の大正14年のこと
厚床~中標津間開通の年ではないですか。

それにしても、頭で理解できても、その後現在に至るまでのギャップがありすぎて今ひとつピンと来ないというか、とにかく凄い変わりようだったことだけは何となく分かる程度、といった感じです。
Commented by きむらたかし@世田谷・東京 at 2007-09-11 00:22 x
>とにかく凄い変わりようだった
というご感想は「そのまんま北海道にお返しします」。

私の父が、札幌に単身赴任したのが、たしか、1969年。
国の官庁の、一応上級官吏だったのですが、官舎は、木造は当然としても、ステート瓦葺、横羽目板の平屋建て。(続きます)
Commented by きむらたかし@世田谷・東京 at 2007-09-11 00:23 x

当時大学生だった私や友人達にとって、すでに北海道はあこがれの地になっていましたので、春休みと夏休みは、ほとんど住み着いて、東京から入れ替わり立ち替わり来る友人達を接待していました。
でも、夏はともかく、春の寒いのなんの。断熱材も二重窓もない「当時普通の家」で、木の窓枠の周りに、板を壁に垂直に打ち付けた枠を作って、農業用ビニールを貼った「二重窓もどき」が、唯一北海道らしい防寒装備でした。
朝起きると、掛け布団を被ったまんま、だるまストーブのところに這って行ってオガ炭に火を付けて部屋があったまってから、灯油のポットバーナーに点火して、やっとまともに家の中を動けるようになる。
夜は夜で、ビールが凍って破裂しないいように、保温庫じゃなくて冷蔵庫に入れておく。
なんて、毎日でした。
あのころを思えば、真冬に、外は地吹雪でも、家の中は、単パンにTシャツという今の北海道は、まるで異国です。
わずか35年位前なんですけどねぇ、まったく。
Commented by nakakyou_blog at 2007-09-11 08:16
確かに家屋は変わりましたね。
自分もビニール張り手伝いましたよ。